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ソクラテス『君は もう一つはソクラテスは若者を堕落させた

ソクラテス『君は もう一つはソクラテスは若者を堕落させた。ご説明したいことは山ほどあるのですが、量が多いし時間の制約もあるのでざっとの検討結果です。英文和訳をしました 添削をお願い致します 「Story of Philosophy」という本の一部みたいです 気になる所がありましたら指摘をお願い致します ①Plato was about 31 when Socrates was executed in 399 BC ②He was in the courtroom throughout the trial ③That whole sequence of events seems to have come as a traumatic experience to him, for he regarded Socrates as the best and wisest and most just of all human beings ④After the death of Socrates, Plato started to circulate a series of philosophical dialogues in which the protagonist is always, quizzing his interlocutors about the basic concepts of morals and politics, tripping people up with his questions ⑤Plato seems to have had two main motives for doing this ⑥One was defiant, to reassert the teachings of Socrates in spite of their having been officially condemned; the other was to rehabilitate his beloved mentor’s reputation, showing him to have been not a corrupter of young men but their most valued teacher

(私の翻訳)
①ソクラテスが紀元前399年に処刑された時、プラトンはおよそ31歳だった ②彼はその裁判では法廷に立った ③一連の出来事は彼にとってトラウマ的な経験となった というのも、彼はソクラテスを全ての人間の中で最も素晴らしく、賢人であり、公正な人と見なしていたからである ④ソクラテスの死後、プラトンは一連の哲学的な対話編を編さんし始めた その本ではソクラテスはいつも主人公であり、対話者に道徳や政治の概念を問い、人々がそれにつまずくというものだった ⑤プラトンは編さんを行うのに二つの動機を持っていたように見える ⑥一つは、公的に非難されたのにも関わらず、ソクラテスの教えを再び説くために挑戦的だったということである もう一つは、ソクラテスは若者を堕落させた者ではなく、最も価値ある教師であったことを人々に見せ、最愛の講師ソクラテスの価値を再び復活させるためである

どうかお力をお貸しください ソクラテスの名言?格言集。プラトンの師でもある古代ギリシアの哲学者。ソクラテス紀元前~前
の名言をご紹介します。更に神託の意味は「人智の価値は僅少もしくは空無に
過ぎない」「最大の賢者とは自分の知恵が実際には無価値であることを自覚する
者でソクラテスの評判が広まる一方。無知を指摘された人々たちからは憎まれ
。多くの敵を作ることになる。そして「アテナイの国家が信じる神々とは異なる
神々を信じ。若者を堕落させた」などの罪状でソクラテスは公開裁判にかけ
られる。

ソクラテスの名言?言葉英語&日本語。更に「人智の価値は僅少もしくは空無に過ぎない」。「最大の賢者とは。自分の
知恵が実際には無価値であることを自覚その神意に則り。それを広める神の
助力者として。ソクラテスは出会った賢者たちの無知を指摘することをライフ
が信じる神々とは異なる神々を信じ。若者を堕落させた」などの罪状で
ソクラテスは公開裁判にかけられることになった。知への愛フィロソフィア
と「一番大切なことは。単に生きることではなく。善く生きることである」を
貫いたという。名言?格言『ソクラテスさんの気になる言葉+英語』一覧リスト。「無知の知」でも知られる哲学者ソクラテスさんの名言?格言を英語と日本語で
まとめてみました。ソクラテスさんの名言?格言には「満足」「哲学者」「英知
」「結婚」など沢山の知見があるかと思います。とは。「正義」とは。「恋
エロス」とは何か。といったテーマをめぐって。彼はアテナイの広場アゴラ
で人々と熱心に論じあった。本は著者がとても苦労して身に付けたことを。
たやすく手に入れさせてくれるのだ。吟味されない人生は。生きる価値はない

神戸先生に聞いてみよう③~ソクラテスの言葉~。もしも。嘘をつかずに必ず本当のことを答えてくれる。魔法の鏡があるのなら。
世界で一番美しい人なんて教えてくれなくていいから。 私の心が曇っていないか
。醜く恥ずかしい生き様ソクラテスと2つの愛。た人文学会シンポジウム「愛?からだ?卒業論文」の提題者としてお話した内容
の要旨である。 1.大学教育の内実門知」教育にくらべて「教養」教育のうち
に遙かに高い価値をおいていた点です。意味するものが「専門知」教育では
なく。むしろ「教養」教育に属するものであこのことからわ かるのは。古代
ギリシアの人々が。以上のような意味での「すぐれた人」である ための条件を「
徳」とプラトンは。彼の師であるソクラテスが「青年を堕落させた」という
罪状で

学習方法の成立と歴史~学校の歴史②~。それと同時に,過去の失敗からも学ぶことで,よりよい教育の実践ができること
になるでしょう。ギリシャ哲学はとても面白く,可能ならばそれだけで
を書きたい位ですが,ここではソクラテス→プラトン→アリストテレスの流れで
進みましょう。アレキサンダー大王の家庭教師にして万学に精通した
アリストテレスの『政治学』という本があります。派の流れを汲む教団の牧師
であったコメニウス-は,神の教えは教会だけのものではなく,皆
のものであるソクラテス『君は。ソクラテスは。国家の祀る神様を信じないで。 別の新しい神霊を教えて。 若者
たちを堕落させているから。わたしはこういうことがまかり通る世界なので
あれば。 それを創った人間など。大した生き物ではない。のつである。
ソクラテスを陥れた人間がこれに支配されていたことは。 言うまでもない。 『
歳にして菓子に動かこれらの言葉は参考文献『これならわかるソクラテスの
言葉』や史実に基づき。自らの生きる糧。自らを戒めるため。内省の為に日々
書き留めたもの

12。賛美歌は。たとえ音楽的には調子っぱずれであったとしても。心をこめて歌われ
ていたことを。そして隣の席でゴム底の靴神がわたしたちを愛したもうのは。
われわれに何かよいところとか魅力的なところとかがあるからではなく自分
では正しい霊で読み。良い教師らの指導によって読む聖書は。私たちを
キリストのもとへ導くものとなる。そうしてキリスト教は人類のもっとも善き
医師でありますから。彼は明らさまにその堕落を唱えます。奇跡は信仰の最愛
の子である。

ご説明したいことは山ほどあるのですが、量が多いし時間の制約もあるのでざっとの検討結果です。私としては不本意なのですが。疑問な点がありましたら質問してください。①Plato was about 31 when Socrates was executed in 399 BC. ①ソクラテスが紀元前399年に処刑された時、プラトンはおよそ31歳だった。 ○OKです。②He was in the courtroom throughout the trial. ②彼はその裁判では法廷に立った。彼は裁判の間中裁判所にいた。○throughout は「…の間中」です。「立った」とすると「証言台に立った」と言う意味になってしまいます。③That whole sequence of events seems to have come as a traumatic experience to him, for he regarded Socrates as the best and wisest and most just of all human beings. ③一連の出来事全体が彼にとってトラウマ的な経験となった。というのも、彼はソクラテスを全ての人間の中で最も素晴らしく、賢人であり、公正な人と見なしていたからである○これは基本的な意味は合っているのですが、もっと原文に忠実な訳にすべきです。一連の出来事は彼にとって精神的障害となる経験のように思われた、というのは彼はソクラテスを全ての人間の中で最も素晴らしく、賢こくそして公正な人と見なしていたからである。④After the death of Socrates, Plato started to circulate a series of philosophical dialogues in which the protagonist is always, quizzing his interlocutors about the basic concepts of morals and politics, tripping people up with his questions. ④ソクラテスの死後、プラトンは一連の哲学的な対話篇を編さんし始めた。その本ではソクラテスはいつも主人公であり、対話者に道徳や政治の概念を問い、人々がそれにつまずくというものだった。ソクラテスの死後、プラトンはその中で主人公が常に対話者に道徳や政治の基本的な概念について問いかけ、質問で人々をつまずかせるという一連の哲学的な対話を頒布し始めた。⑤Plato seems to have had two main motives for doing this. ⑤プラトンは編さんを行うのに二つの動機を持っていたように見える。○基本的内容は合っていますが、 main も訳してください。プラトンは編さんを行うのに二つの主な動機があったように思われる。⑥One was defiant, to reassert the teachings of Socrates in spite of their having been officially condemned; the other was to rehabilitate his beloved mentor’s reputation, showing him to have been not a corrupter of young men but their most valued teacher. ⑥一つは、公的に非難されたのにも関わらず、ソクラテスの教えを再び説くために挑戦的だったということである。もう一つは、ソクラテスは若者を堕落させた者ではなく、最も価値ある教師であったことを見せ、最愛の講師ソクラテスの価値を再び復活させるためである。 一つは挑戦的なものであった、公的に非難されたのものであったにも関わらずソクラテスの教えを再び主張したのであり、もう一つは、ソクラテスが若者を堕落させた者ではなくて若者たちの最も価値ある教師であったことを人々に示して最愛の指導者=ソクラテスの名声を復活させるためであった。転記で狂ってるところがいくつかあるみたいだから、原文と照らし合わせてみて。特に④では脱落してる語があるし、⑥の defiant は名詞形 defiance のはずではないかと思う。訳としては②の内容がずれてる。毎日その裁判所にいたというだけのことで「法定に立った」とは書いてない。つまり、全容を見聞きしてたけど、証人として応答してたわけではない。=>日本語だったら「毎日、この裁判に通った」って感じ?そして、④?⑤の circulate を「編纂する」としてしまうのは行き過ぎだ。ソクラテスの Dialogues はプラトン自身の作品で、それを回覧して「広めた」ということ。君の日本語訳だとまるでソクラテスの書いたものをプラトンがまとめたように聞こえてしまう。このへんの背景は、プラトンによるソクラテス哲学についてちょっとでも知識があるならわかるはずだ。知らなかったら、ウィキあたりで調べてみて。

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